平出奔『了解』

平出奔『了解』、2022年、短歌研究社

好きな歌5首

嫌いとか言葉にせずに こう なって こう なまま 会えちゃうもんですね

知っているネタで若干追い越して笑っていたらオチが違った

本名で仕事をやっていることがたまに不思議になる夜勤明け

脱いでから今日は暑かったなと思う友達がデザインしたパーカー

爆発っていくつになってもおもしろい なんで爆弾つくるひとになってないんだろ*1

第一歌集。会話調の口語体でつづられているので初めて読むのにもとっつきやすくもあり、短歌の57577のリズムを崩してくるところは「こんなのもありなのか」って思わせてくれるスパイスにもなると思う。短歌と散文の組み合わせが、長歌と短歌の関係を思わせるなあって気づきがあったの面白い。

作者本人の気合いの入ったコメントを直接聞いていたので、「これ読んで短歌やめたくなるかもしれないな」とビビリながら読み始めた。

結果的にそれは全くの杞憂で、なんというか「かつてこんなに自分が既読の作品が掲載されている歌集があっただろうか」という不思議な感慨が上回ってしまい、そういうふわふわした気持ちで途中まで読み進めた。別の友人が歌集出したときはそんなことなかったのになあというのが不思議だ。

なんだろう、全体的にはあんまり元気がないというか、テンションの上がり下がりが少ない感じの中で、人間の関係性のバランスをじっと伺っているところがある。とりわけどこに注視があるかと言えば、ネットやSNSスマートフォンを通じてみている物だ。SNSにおける「アカウント」という存在はガワのように作用するというか、実際の生活に触れることをあまり前提とせずにキャラとして作ることができる。だからかえってその人の心をはっきり見せることもあるし、その心に共鳴することで、リアルと呼ばれる現実世界よりも距離感に踏み込ませてくれることがある。なのにその人が普段何をしているかは一切知らないような関係性も作ることができる。現実世界とはまた違った人間関係の構築環境があって、どこまで踏み込むかが現実世界とはまた違った判断基準で推し量られる。そこら辺の妙な綱渡りな環境において、歌の人は注意深く相手を見ながら、一人心が動いたり、考えたり、予測したりする。それがこの歌の人にとっての生活の一面でもあるから。その作法が結果、現実世界にも再輸入されているのではないか。

社会がネットを前提に動いているのはかなり自明のことだと思うけど、自明だからこそ終えた変化のことはもうわからないものだ。そんな社会における自己存在のあり方とそれでなお変化することのない「動く心」、どちらも生かされていることが見出されやすいかもしれない歌集だなと思った。

とここまで書いてみたけど、本当は逆かもしれなくて、この歌の人の本来的な関係性構築が、よりネットのなかで生かしやすい物だったのかもしれない。個人的には歌の軸になっている感情は「さみしさ」なんだなというのが一番の感想でした。

 

追記:同人メンバーとして、改めて歌集出版おめでとうございます!!

 

*1:昔この歌に一首評書いたの思い出しました20.09.26|のつちえこ|note